考察

《衝撃》プロレス事件簿!怪奇派 ザ・マミー失神事件!フライングヘッドバット失敗!【メモリアル力道山】

プロレスは、常にアクシデントと隣合わせ。
その為、プロレスラーは日々トレーニングを積み、強靭な肉体や高い技術を身につけています。

しかし“プロ”と言えども、日々のダメージの蓄積や、ちょっとした気の緩みが失敗に繋がり、大ダメージを負う可能性があります。

ザ・マミー失神事件

今回は、そんな“プロ”の失敗の中でも特に衝撃的だった「ザ・マミー失神事件」を紹介します。

事件は1996年に行われた、第1回「メモリアル力道山」で勃発!
「メモリアル力道山」とは力道山OB会が主催した大会で、新日本プロレスが牽引し実現。
全日本プロレスや各インディー団体など、当時のプロレス団体、男女16団体が参加!まさにメモリアルな大会でした。

そして第2試合、IWA格闘志塾の「鶴見五郎 vs ザ・マミー」が問題の試合となります。

鶴見五郎 vs ザ・マミー

1996年6月30日
「メモリアル力道山」
会場:横浜アリーナ
観衆:16,000人(超満員)
所要時間:4時間40分(全13試合)

第2試合 鶴見五郎 vs ザ・マミー

出典:YouTube

全身包帯のザ・マミー…ざわつく会場の中、試合開始。
鶴見五郎が攻撃すると、ザ・マミーの体から謎の“白い粉”が!
この奇怪な攻撃にさらにざわつく会場…失笑も!

失笑?ちょっと待ってください…成分が何か分からない謎の“白い粉”での攻撃です!もしかすると生死に関わる攻撃ですよ!体を張って戦っている“プロ”に失礼です!

トップロープではなく、セカンドロープからダイビングヘッドバットを狙うマミー!
屁っ放り腰がマミースタイル…またもざわつく会場…失笑も!

失笑?ちょっと待ってください…包帯ぐるぐる巻きの状態でロープに登れるということは、相当な身体能力だと思いませんか?素人は歩くことさえ困難なはずですよ!

マミー式低空フライングヘッドバット!

自爆→マミー失神

ピクリとも動かないマミーを見て状況を理解した鶴見五郎は、瞬時に足を極める!レフェリーが試合を止め勝利!
さすが経験豊富なベテランレスラー、鶴見五郎!判断が早い!

騒然とする会場!

この試合は、マミーが自爆で失神してしまったインパクトが強く、迷試合と言われていますが、たとえ“プロ”でも失敗はあります。あのマミーが包帯ぐるぐる巻きの状態でロープに登った時点で、凄いことをやっています。元々動きづらい怪奇派は場外乱闘などが主戦場。しかもこの大会では主催者側から「過度な場外乱闘や流血戦は謹んでほしい」と要請があったとか…。
本当は色々な意味でギリギリの死闘だったのではないでしょうか?
それは、ベテランレスラー鶴見五郎の試合後のマイクアピールからも感じ取れます。

鶴見五郎
「もう一回こいつとやる!」
「こんな力じゃない!こいつは!」

あのジャイアント馬場が認めている鶴見五郎が、ここまで言っています。
普段滅多にマイクアピールをしない分、言葉の重みが違います!
すなわち本気です!

担架で運ばれるザ・マミー。
その生き様、しかと受け取った!

ザ・マミーとは

そもそもザ・マミーとは、何者なのか?
オリジナルは、コロンビア出身のベンジー・ラミレスと言われています。ベンジー・ラミレスは1961年に全身を包帯で覆った覆面レスラーのザ・マミーに変身!

しかし今回「メモリアル力道山」で鶴見五郎と対戦したザ・マミーの正体はアポロ菅原と言われています。もし本当に正体がアポロ菅原なら、相当な実力者です。
アポロ菅原は国際プロレス、全日本プロレスでも活躍し、あの「たけしプロレス軍団」のコーチに就任した実績もあります。現在、新日本プロレスで活躍する邪道、外道を指導していたのです。

まとめ

新日本プロレスの長州力が、“鶴見五郎 vs ザ・マミー”を見て「あんなもんプロレスじゃない!」と大激怒したのは有名な話です。結果、長州力がインディー団体を猛批判し始め、“メジャー vs インディー”という流れが生まれます。

“メジャー vs インディー”という構図を作ったこの“鶴見五郎 vs ザ・マミー”はプロレス史に残る歴史的一戦だったのです。

余談ですが、下記はフライングヘッドバットの参考資料です。


左:ダイナマイト・キッド 右:ザ・マミー

ダイナマイト・キッドの人並み外れた身体能力・精神力は尊敬に値しますが、不器用でも生き様を見せつけた、ザ・マミーも尊敬に値します。